自社の社員を出向する際に利用できる産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)をご存じでしょうか?出向した従業員の賃金を一定割合助成してくれる制度で、経済的な負担を抑えつつ人材育成と雇用安定化を実現できます。
今回は産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)について、制度内容をわかりやすく解説します。本記事を読めば、助成金の内容を理解してスムーズな申請が可能です。助成金を活用して、経営の安定化を図りましょう。
自社で使える助成金・補助金・優遇制度が分かる
目次
在籍型出向を支援する産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)とは
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)とは、自社の従業員を他社へ一時的に出向させる際にスキル向上をサポートするための助成金です。経済状況の悪化や業務縮小により、従業員の解雇を避けたい企業にとって有効な助成金です。
出向期間中、従業員は出向先で新たな知識や技術を習得し、自社に戻った際にそのスキルを活かせます。企業は人材育成と雇用安定を同時に実現できる点がメリットです。
また、出向先企業も即戦力となる人材を受け入れるため、双方にとってメリットがあります。申請手続きや要件など制度の詳細は、厚生労働省のウェブサイトで公開されています。
産業雇用安定助成金が実施される目的
産業雇用安定助成金の目的は、経済変動や市場変化により雇用調整を余儀なくされる企業を支援し、労働者の雇用を安定させることです。助成金を活用すれば、企業は解雇を避けながら出向をおこない、労働者のスキルアップを図れます。政府は産業雇用安定助成金を通じて雇用のセーフティネットを強化し、社会全体の安定と発展を目指しています。
産業雇用安定助成金と雇用調整助成金はどう違う?
「産業雇用安定助成金」と「雇用調整助成金」はいずれも企業の雇用維持を支援するための制度ですが、支援内容に違いがあります。雇用調整助成金は、業績が悪化した企業が従業員を解雇せずに休業や労働時間の短縮をおこなう際、休業手当・賃金の一部を国が補助する制度です。
一方、産業雇用安定助成金は企業が従業員を他社へ一時的に出向させる「在籍型出向」を活用し、その間の賃金や経費を一部支援します。つまり、雇用調整助成金は自社内での労働調整をサポートし、産業雇用安定助成金は他社との連携による雇用維持を促進します。企業の状況に応じて、上記2つの制度を適切に使い分けることが重要です。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)の対象となる事業主・労働者
「産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)」の対象となる事業主は、従業員を他社へ出向させて雇用を継続したいと考える企業です。具体的には、以下の要件を満たす必要があります。
項目 | 要件内容 |
① | 出向元事業所が雇用保険適用事業所であること |
② | 労働者のスキルアップを目的とし、企業活動の促進と雇用機会の増大を目指していること |
③ | 出向復帰後の労働者に対し、出向前の賃金と比較して復帰後6か月間の賃金を5%以上上昇させること |
④ | 職業能力開発促進法に基づく職業能力開発推進者を選任していること |
⑤ | ほかの助成金を同一の出向に使用していないこと |
⑥ | 基準期間中に雇用保険被保険者を事業主都合で解雇していないこと |
⑦ | 基準期間に特定受給資格者となる離職理由で離職者が一定割合を超えていないこと |
⑧ | 労働者名簿や賃金台帳など、必要書類を適切に保管し提出できること |
⑨ | 労働局などによる実地調査を受け入れること |
また、対象となる労働者は出向に同意し、出向先での業務を通じて新たなスキルや知識を習得する意欲のある従業員です。具体的には、以下の要件を満たす必要があります。
項目 | 要件内容 |
① | 出向元事業主に雇用されている雇用保険被保険者であること |
② | 出向開始日の前日時点で出向元事業主に6か月以上雇用されていること |
③ | 期間の定めがない労働契約を締結していること(有期契約労働者は対象外) |
④ | 解雇予告を受けていないこと・退職願を提出していないこと・事業主による退職勧奨に応じていないこと |
⑤ | 雇用保険法第37条の5第1項に基づく特例高年齢被保険者ではないこと |
⑥ | 日雇労働被保険者ではないこと |
⑦ | 出向先事業主との資本的・経済的関連性がないこと(役員や同居親族などは対象外) |
⑧ | 出向開始日から3年前までに出向先事業所で就労していないこと |
⑨ | 出向開始日から6か月前までに出向元事業所以外で就労していないこと |
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)の主な要件
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を利用するためには、事業主・労働者以外にも以下の要件を満たす必要があります。
以下では、各要件について詳しく解説します。
支給対象となる出向の要件
支給対象となる出向は、以下の要件を満たす必要があります。
項目 | 要件内容 |
① | 出向先事業所で従事する業務が港湾運送業務・建設業務・警備業務・医療関係業務に該当しないこと |
② | 労働者のスキルアップを目的としておこなわれること(雇用調整や人事交流などを目的としない) |
③ | 労働組合などとの協定に基づくものであること |
④ | 出向労働者本人の同意を得たものであること |
⑤ | 出向元事業主と出向先事業主との間で締結された契約に基づくものであること |
⑥ | 出向元事業主と出向先事業主の間に資本的・経済的・組織的な独立性があること |
⑦ | 出向計画届に基づいて実施されること |
⑧ | 1か月以上2年以内であり、終了後に出向元事業所に復帰すること |
⑨ | 出向元事業主が賃金の全額または一部を負担すること |
⑪ | 出向前の賃金以上を出向中に支払うこと |
⑫ | 出向先事業所でのみ就労すること(異なる出向先での就労を同一期間におこなわない) |
⑬ | 労働組合などによる出向実施状況の確認を受けること |
まず、在籍型出向であることが必要です。労働者が出向元企業との雇用契約を維持しつつ、出向先企業で業務をおこなう形態を指します。また、出向期間は1か月以上2年以内であることが要件です。
さらに、出向の目的が労働者のスキルアップであることが重要です。単に業務量の調整や人員削減を目的とした出向は対象外となります。
最後に、出向が労働者の同意を得ておこなわれていることも必要です。労働者の意思に反した出向は労働基準法に違反する可能性があり、助成金の対象とはなりません。
支給対象となる出向先事業主の要件
出向先となる事業主は、以下の要件を満たす必要があります。
項目 | 要件内容 |
① | 出向先事業所が雇用保険適用事業所であること |
② | 出向労働者の受け入れに際し、6か月前から支給対象期間の末日までの間に、事業主都合での解雇や退職勧奨をおこなっていないこと |
③ | 雇用指標が1年前と比較して、大企業の場合5%以上かつ6人以上の減少、中小企業の場合10%以上かつ4人以上の減少がないこと |
④ | 同時にほかの助成金(雇用維持支援コースや雇用調整助成金など)を受給していないこと |
⑤ | 出向先事業所の労働者が新型コロナウイルス感染症対応休業支援金を受給していないこと |
主には、経営状況が安定していることが求められます。指定された期間で事業主都合での解雇をおこなっていると、出向先として認定されません。また、雇用調整助成金などほかの助成金を受給していると、出向先として対象外となります。
対象労働者の賃金引き上げ要件(出向から復帰した後)
労働者が出向期間を終えて出向元企業に復帰した後、賃金の引き上げが求められます。具体的には、以下の賃上げを実施しなければなりません。
要件 | 概要 |
賃金引き上げ率 | 出向復帰後6か月間の毎月の賃金を、出向前の賃金と比較して5%以上上昇させる |
対象賃金 | 毎月決まって支払われる基本給および諸手当が対象。月ごとに変動する手当(時間外手当など)は含まない。 |
なお、申請に当たっては賃金引き上げの事実を証明するために、賃金台帳などの書類の提出が必要となります。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を受給する流れ
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を受給するためには、以下のステップを踏む必要があります。
以下では、各ステップを詳しく解説します。
出向の計画
まずに、出向元企業と出向先企業が協力して出向計画を立てます。計画には出向期間・出向先での業務内容・労働者が習得するスキルや知識の目標などが含まれます。なお、申請には以下2つの書類の作成が必要です。
- 出向実施計画届
- スキルアップ計画
上記の書類は、厚生労働省の公式Webサイトでダウンロードが可能です。出向計画を立てる際には労働者のキャリアパスやスキルアップの意欲を考慮し、双方にメリットのある内容にすることが求められます。また、出向元と出向先の企業間で出向契約書を作成して業務内容や賃金の取り扱い、労働条件などを明確にしておきましょう。
計画届の提出
出向計画が完成したら所定の様式で計画届を作成し、管轄の労働局またはハローワークに提出します。提出期限は、出向開始日の3か月前〜前日までです。
また、必要な添付書類として、出向契約書の写しや労働者の同意書なども求められます。提出書類に不備があると審査が遅れる可能性があるため、事前にしっかり確認しましょう。なお、雇用関係助成金ポータルを通してオンラインでの手続きも可能です。
出向の実施〜出向からの復帰
計画届が受理されると、いよいよ出向の開始です。出向期間中、労働者は出向先企業で業務をおこないながら、新たなスキルや知識の習得を目指します。
出向元企業は労働者の状況を定期的に把握し、必要に応じてサポートを提供しましょう。一方、出向先企業は労働者に対して適切な指導や研修をおこない、スキルアップを支援します。
出向期間が終了すると、労働者は出向元企業に復帰します。復帰後、労働者が習得したスキルを活かせるように、業務内容やポジションを見直しましょう。また、賃金の引き上げなど労働条件の改善も実施します。
支給申請
出向が終了して労働者が復帰したら、助成金の支給申請をおこないます。申請には所定の支給申請書に加えて、賃金台帳や出勤簿などが必要です。
申請期限は出向終了日の翌日から2か月以内となっているため、期限を過ぎないよう注意が必要です。また、提出書類に不備や誤りがあると、支給が認められない可能性があります。必要に応じて社会保険労務士などの専門家に相談し、適切に申請手続きをおこないましょう。
労働局の審査通過後に受給
支給申請が受理されると、労働局による審査がおこなわれます。審査では、申請内容が助成金の要件を満たしているか、提出書類に不備がないかなどがチェックされます。
審査が無事に通過すると、指定した口座に助成金が振り込まれます。助成金を受給した後も、提出した書類は5年間保管しておく必要があります。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)のメリット
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)のメリットは、企業と労働者双方にとって大きな利点があります。まず、企業側では、人員削減を避けつつ従業員のスキルアップを図れる点です。
業務が一時的に縮小しても出向を活用して人材を有効活用し、将来的な事業展開に備えることが可能です。また、出向にかかる費用の一部が助成されるため、経済的な負担も軽減されます。
一方、労働者側では出向先で新たな知識や技術を習得する機会が得られ、自身のキャリア形成に役立ちます。雇用が維持されるため、収入面での安心感がある点もメリットです。さらに、異なる企業文化や業務に触れれば、視野が広がって柔軟な対応力が養われます。
助成金の活用で企業は人材育成と組織力強化を、労働者は自己成長と雇用安定を実現できます。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を申請するポイント
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を申請する際は、以下のポイントを押さえましょう。
以下では、申請時に押さえておきたいポイントを詳しく解説します。
出向先が見つからない場合は産業雇用安定センターを活用する
出向を計画する際に最も困難なのが、適切な出向先を見つけることです。そこで役立つのが、産業雇用安定センターの活用です。産業雇用安定センターは企業間の出向をマッチングする公的機関で、出向元企業と出向先企業を無料で仲介してくれます。
産業雇用安定センターでは専門の相談員が企業のニーズや労働者のスキルを詳しくヒアリングし、最適なマッチングを提案してくれます。出向先を探す手間を大幅に省ける上、出向に関する法的手続きや契約書の作成についてもアドバイスを受けることが可能です。
また、全国に拠点があるため、地域を問わず利用できます。早めに相談すれば、スムーズな出向実施と助成金の活用につなげられます。
電子申請で手続きの負担を軽減できる
助成金の申請手続きは多くの書類作成や提出が必要で、担当者にとって大きな負担となりがちです。そこでおすすめなのが、電子申請の活用です。具体的には、厚生労働省が運営する雇用関係助成金ポータルにてオンラインで助成金の申請ができます。
オンライン上で必要事項を入力し、書類をアップロードするだけで手続きが完了します。窓口に直接向かう手間などを省けるため、短時間で手続きを完了できるのがメリットです。
ただし、電子申請を利用するためには、事前にGビズIDの取得が必要です。GビズIDはオンライン申請であれば最短即日でアカウント発行できるため、助成金申請前に済ませておきましょう。
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を申請する際の注意点
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を申請する際の注意点は、以下があげられます。
以下では、申請時の注意すべきポイントを詳しく解説します。
対象外となる労働者の条件に注意する
助成金の対象となる労働者には一定の条件が設けられており、満たさない場合は助成金を受給できません。たとえば、以下のような労働者は助成金の対象外となります。
- 雇用期間が6か月未満の雇用保険被保険者
- 解雇予告されている・対象願いを提出している労働者
- 日雇労働被保険者
- ほかの助成金の支給対象となっている労働者
申請前に労働者の条件をしっかりと確認し、要件を満たしているか確かめましょう。
玉突き出向は助成金の対象外となる
玉突き出向とは出向先の企業が労働者を解雇し、代わりに出向元企業から出向者を受け入れる形態です。上記の出向は助成金の受給自体を目的にしており、雇用維持やスキルアップの趣旨に反するとみなされます。
産業雇用安定助成金では、玉突き出向は助成の対象外です。助成金を受給するためには、労働者のスキルアップや雇用安定に資するものでなければなりません。玉突き出向の事実が後から確認されて助成金の不正受給と判断されると、返還命令や罰則の対象となる可能性があります。
出向契約では社内機密の取り扱いに関する契約を結ぶ
出向に際しては、出向元企業と出向先企業の間で出向契約を締結します。契約には労働条件や出向期間、賃金の取り扱いなど基本的な事項のほかに社内機密の取り扱いに関する取り決めも含めましょう。
労働者が出向先で業務をおこなう際、出向元企業の機密情報やノウハウが漏洩するリスクがあります。情報漏洩を防ぐために、秘密保持契約(NDA)を出向契約に組み込んで情報の取り扱いや漏洩時の対応策を明確に定めておくことが重要です。
税金・社会保険料の扱いを理解しておく
出向期間中の税金や社会保険料の取り扱いは、出向元企業と出向先企業の間で明確にしておく必要があります。一般的に、労働者の賃金支払いや社会保険料の負担は出向元企業が引き続きおこないますが、出向先企業が賃金の一部を負担する場合もあります。
税金については、所得税や住民税の源泉徴収は出向元企業が継続しておこなうのが通常です。社会保険料も同様に、出向元企業が納付します。
出向先企業が賃金を直接支払う場合や負担割合を変更する場合は税務上の処理が複雑になるため、専門家に確認しておきましょう。上記の取り決めを曖昧にしていると、後々税務署や社会保険事務所から指摘を受ける可能性があります。出向契約書に詳細を記載し、適切な処理をおこなってトラブルを未然に防ぎましょう。
出向元が倒産した場合は出向自体が無効となる
出向は労働者が出向元企業との雇用関係を維持しつつ、出向先企業で業務をおこなう形態です。そのため、出向元企業が倒産した場合は労働者との雇用契約が終了し、出向自体も無効となります。産業雇用安定助成金は当然打ち切られますが、出向先がすでに受け取っている助成金の返還は求められません。
まとめ
産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)は、在籍型出向を通じて労働者のスキルアップと雇用維持を支援する制度です。企業は出向計画を立て、適切な手続きをおこなうことで助成金を受給できます。
申請時には、対象労働者の条件や出向契約の内容、税金・社会保険料の扱いに注意が必要です。出向先が見つからない場合は産業雇用安定センターを活用し、電子申請で手続きを効率化できます。また、玉突き出向や出向元の倒産など助成金の対象外となるケースにも注意しましょう。
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